児童虐待

最近、よくテレビや新聞でも目にする(耳にする)ニュースを見ている児童虐待で両親逮捕や
知らない人に殺害で逮捕される。っとニュースが相次いでいます。
こういうニュースを見ていると、自分も育児をしているので不安が募る一方
そういう人ばかりではないとは思うのだが、子どもを一人で買い物とか塾に通わせるのも不安に思ったりするのです。
あまり、過保護にし過ぎる事もよくないとは、思いながらもついつい心配で過保護になりがちかな?っと感じている。

虐待に関しては、何処までが虐待なのかそうではないのか?
よくわからない。正直、人によってそれって異なってくるんだろうし・・・しつけと虐待の差的なものはよくわからないでいるよ。
確かに、痣が出来るほど殴ったり食事を十分に与えなかったらそれは虐待だと思うけれど
実際は 癇癪を持っている子も居たりで泣き喚いているだけでも注意をされる
私自身も、経験した事あるけれど殴っても無いのに疑われるような事を言われてしまうと
とっても親としては自分の育児に自身がもてなくなってしまう。
役所や行政側は、通報されたら一応確認に伺わないといけないんでって言われたけれど
それで病んでしまう人や子育てに自信がなくなってしまう人も居るんじゃないのかな?
あくまでも、コレは私の会見に過ぎないのかもしれないですが実際 私は自信が薄れてしまったのと子どもにも気を使い怒らせたり、興奮させないようにして通報されないようにしている。
でも、これって逆にいいのかな?って思う事もあるしきちんと注意したくっても癇癪を起こすから言いづらくなってきた。
子育てに正解も不正解も無いんだろうけれど、しっかりとした大人になってほしいから
どのように対応をしていくのかも考えモノ

誰にも、聞けずにたくさん悩んでるお母さんはたくさんいると思う。
だから、虐待など起きているんだと思います。言葉かがしゃべれない間は子どもが
やってほしい事、伝えたい事ってわからないけれど子どもは一生懸命伝えようとしてくれているのに理解できない。わからない。っと投げ出す事は簡単にできるけれどそれって何の意味も無いと思う。直に意思疎通できる親子なんて居ない!!
ぶつかりながら一緒に成長していけるそんな風になれたらいいんだろうな。
そう簡単にいかないから悩んでしまうんだけど・・・
どうにか、そうゆう問題を抱えている人たちに頼れる場所を作ってほしい
一人じゃないっと思えることが、気持ちを楽に出来ると思ったからそうしたら
虐待問題も減るのかな?

STAP細胞

笹井さんの自殺のニュースは衝撃的でしたね。小保方さんの論文における問題発覚の当初、説明の為に会見に出てきた物怖じしないエリートのイメージから、想像できないまさかの結末です。
ご心労は計り知れず、また自殺の原因も一つに特定できないものがありますが、あってはならない悲しい結果になってしまいました。
STAP細胞がメディアに出た当初の感動、科学の前進に対する期待は淡くも崩れ去りました。しかし、あることを証明できないと同時にないことも証明できないわけですから、五分五分だと私は思っています。信じたい気持ちもあります。
今回の問題は、匿名であるネットから必要以上の挙げ足とりがあったような気がしてならないところです。そうした動きにメディアも追従し、結果的にSTAP細胞の何が問題であったのか論点が分からないまま小保方さん批判になりましたね。
正直、コピペであったり写真取り違えは確かに重要な間違いですが、そのあとに理研の偉い方々の論文にもそうした誤りがあったと報道されました。
理系の論文について詳しくは知らないのですが、そうした誤りが日常的に起こり得るものであるなら小保方さん批判に使うのは間違いだと思います。そもそも、きちんとしたチェックがされないことが、おかしいと思いませんか。
もちろん小保方さんサイドや理研側にも責められる点はあったのでしょう。笹井さん亡き今はただ、検証に力を注いで頂きたいと思うばかりです。
しかしなかなか難しい状況のようですね。師を亡くした小保方さんのケアも必要ですし、焦ってはいけませんね。
メディアの報道が笹井さん亡き後に落ち着いたことも不可解です。今やすっかり報道も落ち着きましたが、犠牲者が出ないと控えられないのかと不快に思いました。
検証された結果、STAP細胞がないことが証明されたとしたら、なぜ誤りが起こったのか、きちんとした解明をしてもらいたいです。
それは小保方さんだけが負う責任ではなく、理研も背負うべきものだと思っています。